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よかったよかったよかったよ

 投稿者:マイルドセブン  投稿日:2012年 9月28日(金)15時48分41秒
  よかったですね。また怨敵退散といきましょう。ところで巨大鏡は2枚(四角と丸)になりました。三角が加われば見事な「おでん」になります。  
 

無事生還

 投稿者:すぎちゃんは太りすぎ  投稿日:2012年 9月28日(金)08時38分22秒
  ご心配をおかけしましたが、17日ぶりに生還しました。
しばらくは体力回復につとめます。よろしく
 

ついでに書くと

 投稿者:マイルドで参るどー  投稿日:2012年 7月26日(木)18時22分13秒
  「神功皇后」イコール「卑弥呼」なんて説があるけれど、神功皇后は応神天皇を孕んでいるし、卑弥呼は子のない独身女性、と文献を見れば同一人物でないことがわかる。大和説の連中のその程度のレベルなら、きっと「イチロー」イコール「タロー」または「ジロー」なんて軽く珍説を出すだろう。「タロー、ジロー」はもちろん南極帰りの有名犬でっせ。  

どうもねえー

 投稿者:マイルドで参るどー  投稿日:2012年 7月18日(水)18時42分24秒
編集済
  中国の鏡の状況も知らないで大和説に固執する阿呆の何と多いことか。NHKもその一味。下のコーナーに「卑弥呼の鏡を再現する」なんてのが時折出てくるけど、卑弥呼の死んだ後の古墳からしか出ない鏡をホントに信じこんでるなんてオウムの連中みたいだ。もう付き合ってられんわな。
「あなたと私の関係?」1000年たってろくに記録が残らなかったら「神功皇后と卑弥呼」「王と長島」みたいに同一人物視されるかもわからんぞーさん。パンダさん。
 

ありがとさん。

 投稿者:ワイルドに直言しすぎちゃん  投稿日:2012年 7月18日(水)10時19分42秒
  「画紋帯神獣鏡は楽浪郡で造られた」なんて憶測言説もこれでボツというわけです。

私のサイトで紹介しているのであなたのサイトとこの掲示版を覗いたのでしょうが、
私とあなたの関係に興味をもってる小姑ストーカーみたいな奴がいるので、
ここを覗くように紹介しときました。

ま・IPアドレスを知られたくないはずだから、投稿することはないと思いますがね。
 

前にもあったよーん、で一部除いて以下同文

 投稿者:マイルドにお答えしちゃうっちゃん  投稿日:2012年 7月17日(火)19時27分43秒
  以前2010年9月5日に同様の質問を「あなたに」受けましたので、手っとり早くコピーしました。 「画文帯神獣鏡には環状乳神獣鏡とか半円方枚(中国式、日本では半円方格)神獣鏡とか厳密に分けると大変ですが、私の持っている2冊の『洛陽出土銅鏡』には(『倭人伝』の「銅鏡百枚」式に私は「枚」と書きます)1枚も載っていません。王仲殊氏のいうように神獣鏡は呉鏡であることは明らかです。
 「魏の年号である黄初年号の神獣鏡が出ているが、呉が魏と同盟を結ぶことを考えて呉も魏の年号を使う時期があり、製作地は呉である」と王氏も『三角縁神獣鏡』の中で断言し、五島美術館の『前漢から元時代の紀年鏡』という図録にもそう書かれています。
 愚かな大和説の学者はこれこそ魏は神獣鏡を用いている証拠とみなしているようですが、王氏はそれをも批判し、呉が魏の年号を使ったことを知らないのだと簡単に見破っています。神獣鏡は呉の地域から圧倒的に出土する「呉の鏡」なのです。

 さて『鄂城漢三国六朝銅鏡』には画文帯神獣鏡6枚、半円方枚神獣鏡11枚、メッキされて黄金に輝く、上に「流」を書いて下に「金」を書く「リュウ金画文帯神獣鏡」が3枚紹介されています。
 2009年に訪れた熊本市立博物館の鏡1枚(ブログ「写真狂人のひとりごと4」秋の九州古代文化の旅で見たこと 第8日参照)は展示に「リュウ金獣帯鏡」とありましたが、本当は「リュウ金画文帯神獣鏡」です。博物館の学芸員もその程度なのです。あれは熊本の豪族(クマソ?)が独自に入手した鏡であって、大和の古墳より上等品を大和が贈る(下賜したなんてとんでもない!)訳がありません。同郷者なのに自虐歴史観もほどほどにせい、と言いたいものですよね。あなたとはエライ違いですばってん。ハッハッハ。
 おまけにもう1冊、同じ呉の地域『浙江出土銅鏡』には半円方枚神獣鏡が何と30枚近く紹介されています。いわゆる画文帯と銘帯に分けるのは勘弁してください。同様な鏡は圧倒的に呉の地域から出ているということです。
 季刊『邪馬台国』105号では95ページに、中国では盛行の時期は後漢(西暦200年)以前だが日本では4、5世紀と書かれています。日本では古墳時代を通じて大人気の鏡です。いわゆる大和政権は呉と親しくした勢力であり、魏と親しくした邪馬台国とは違っていたようです。あなたとお会いした時、2番目に見せた鏡が画文帯神獣鏡でしたよ。あえて本物とは言いませんが(私は信じています)、あれだけの精密な文様はスキャナーで拡大しても十分鑑賞に堪えられる代物です。残念ながら銘文は磨耗して読めませんが。あ、そうそう中国では青龍、正始、景初年号の鏡は出ていません。ほなまた。
 

紋帯神獣鏡

 投稿者:ワイルドに直言しすぎちゃん  投稿日:2012年 7月14日(土)12時09分49秒
  お手持ちの『鄂城漢三国六朝銅鏡』という本に画紋帯神獣鏡か
これに類する鏡が掲載されていましたか?

お手数ですが教えてください。
 

「箸墓古墳は4世紀半ば」という専門家のご意見紹介

 投稿者:歴史管理人  投稿日:2012年 7月 9日(月)19時32分41秒
  私の「卑弥呼の墓は二つあった」が掲載された『季刊 邪馬台国』2012年春号によれば、実際に纒向遺跡の土器を調査された橿原考古学研究所の関川尚功(ひさよし)氏の講演記事が紹介され、箸墓古墳の年代がどんどん大和説の人たちによって古く偏向報道され3世紀半ばになっている(NHKも同様。これは管理人記載)が、土器と埴輪を見ても、大和(おおやまと)古墳群はそれほど編年が離れておらず、「箸墓古墳は4世紀半ば」という土器の専門家としての氏の所見が提示されておりました。これは『季刊 邪馬台国』の編集責任者の安本美典氏のhttp://yamatai.cside.com/katudou/kiroku207.htm にも出ていますので、ぜひご覧いただきたいと思います。  

なあに今頃・・・おかしいぜぇ

 投稿者:歴史管理人  投稿日:2012年 7月 5日(木)23時38分4秒
  下記のことはもう数十年も前から安本美典氏が指摘していたことで、1981年に呉の工人説が発表されてからのちも主に国立系の大和論者は何も態度を変えようとしていないことが、それらを証明しています。そんなこととっくにわかっていることじゃーん!要するに自分が出世すりゃあ日本の歴史を偽ろうがどこに邪馬台国があろうが、発掘費用を我々の税金からふんだくれば目的は達成されるのです。なあんだ、今頃何をおっしゃるタヌキさん。どう考えたって大和に邪馬台国がないことは証明できるのです。(わがHP参照のこと)  

悟りの境地。

 投稿者:ワイルドに直言しすぎちゃん  投稿日:2012年 7月 5日(木)11時10分38秒
編集済
  混一彊理歴代国都之図、三角縁神獣鏡の欺瞞、土器編年と古墳築造年代の操作、年輪年代法疑惑、C14炭素年代法活用法の疑惑、そして、箸墓は卑弥呼の墓説、纏向は卑弥呼の王都説………。
これらを観察した私は、畿内説を唱える学者にとって邪馬台国は研究対象ではなく、処世ツールであり助成金の蛇口にすぎないと、つねづね思っていました。「畿内説は唱えることに意義がある」「邪馬台国は畿内にあったといい続けることに意義がある」というわけですね。
考古学・古代史学の世界には畿内説でつくるヒエラルキーみたいなものがあって、これに依存して生きることを選択した人は、このヒエラルキーの中で就職・昇進・栄達というコースを歩むようです。そうして、死ぬまで畿内説を叫ぶことになります。(主に受け皿は関西にあるようですが、個人的には歴博が畿内説ヒエラルキーの頂点になりつつあるようで)。

さて本題です。
一部の学者を含めて見え見えの欺詐を用いて、ある種堂々と・ある種使命感すら感じさせて畿内説を推進する人がいるのは、「お上の意向」を具現化しているからではないでしょうか。ここでいう「お上」とは、管轄する官庁組織、研究費・助成金を管轄する組織です。(省庁の名称もコロコロ変わるので何というのか知りません)。

●邪馬台国は永久に不明を願う「心理」と、●真相解明の足を引っ張る「動き」と、●畿内にあったことにしなければならない「都合」があるかぎり、この現象は続きますね。正論は聞き流し・黙殺しつつ、今後も新手の畿内説推進手段を創造するだけでしょう。(それができた人は栄達を約束される。どのみち一発穴をねらうなら、こっちを選択する手もあり・で)。

邪馬台国に関する古代史社会は、正論をいえば通る世界でもないし、正しい見解が認められる世界でもありません。世界規模でみても最も汚れた社会で、学術社会としてはほかに例がないでしょう。
自らの遠い祖先の歴史・民族の歴史・国家の歴史を偽り続けるのは、人類規模でみても日本人だけです。それすらも、個人の小さな欲望に起因するところが倭人の矮小さですかね。「倭人」とはよくいったものです。

思えば、私たちはあまりにも純粋すぎました。(私の研究生活で得た悟りの境地です)。
 

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